第7章 パーソナリティとセルフコンセプト
 人々は性格によって行動が異なる。短気な人は何を買うにしてもせっかちで時間をかけずに買い物をすますであろうし、慎重な人はおやつのチョコレートを買うことですら時間をかけるだろう。本章では人々の性格やパーソナリティについて考え、それが消費行動にどういう影響を与えるか考える。性格というと、自分はこんな性格だと思う場合と、他人はおそらく自分のことをこんな性格と見ているだろうという場合がある。前者をとくにセルフコンセプトという。他人から見てのんびりした性格だと思われていても、自分はいつも時間に追われていると思いこんでいることもある。パーソナリティ、セルフコンセプトが本章のテーマである。
7.1パーソナリティとは  
 パーソナリティとは、「自分を取り巻くものごとや環境といった外界の刺激に対してどう考えるか、どう反応するかを決める内面的な心理特性」(シフマン)である。たとえばリスク回避の強い人とそうでない人とでは海外旅行先が異なるであろう。回避志向の強い人は米国や西欧等治安のよい国やハワイのような安全なリゾート地をえらぶであろうし、リスクをあまり気にしない性格の人は中東の町やアフリカの冒険旅行を好むであろう。
 パーソナリティは3つの特徴を持つ。
(1)パーソナリティは人によって違いがある。
(2)パーソナリティは一貫性があって容易には変化せず長く継続する。
(3)しかし、ライフステージの変化、たとえば親から独立するとか結婚する、子供を持つという変化でパーソナリティは長期的には変化する。
7.2パーソナリティの理論 
 パーソナリティに関わる理論は、フロイド、新フロイド派、特性理論などが代表的なものとして挙げられる。
7.2.1フロイド理論(精神分析的理論)
 フロイドは人間のモチベーションやパーソナリティの背後にかならず無意識のニーズ(動因)があると考えた。パーソナリティはイド、スーパーエゴ、エゴの3要素から構成される。
(1)イド(id) 原始的で衝動的な要素であり自分で正しく自覚しているわけではない。喉の渇き、食欲などがこれに相当する。この要素は、非論理的な衝動のようなものであり、“快楽原則”に従う。
(2)スーパーエゴ(superego) 自分のエゴやイドを統制する社会的なモラルや規範、倫理的な要素である。
(3)エゴ(ego) 意識的にコントロールされた要素、イドの欲求とスーパーエゴのバランスを取るもの “現実的原則”、すなわち社会的に認められることを重視するという原則に従う。
 たとえば、非常に空腹でチョコレートでも食べたいという気持ち(イド)になっても授業中はお菓子を食べてはいけないので(スーパーイド)で我慢する(エゴ)というように人々の行動は、イド、スーパーエゴ、エゴの3要素が絡んでいると捉えられる。
7.2.2新フロイド派理論
 フロイドの理論では、まずイドがあることが前提なので、とりわけ「性的欲求」といった原始的な欲求にすべてを結びつけたのに対して、新フロイド派は何でも性的欲求に結びつけられるわけではなく、「社会的関係」がパーソナリティの形成に関係あるとした。この諸研究についてシフマンは以下のようにまとめている。
・アドラー 人々は理性的なゴールを目指して生きるものである。「劣等感を打破する努力に注目した。
・サリバン 人々は有意義な人間関係作りを確立するものである。「緊張感」tensionからの解放を重視。
・ホーネー、カレン 親子関係に注目し、「不安感」をどう克服するか、これによって人々を3つのグループに分けた。
1 従順な個人(Compliant individual) 
他人に接近しようとする人、愛される、好かれる、感謝される人である
2 攻撃的な個人(Aggressive individual) 
他人に反対しようとする人 勝つこと、賞賛されることを重視する人である。
3 超然とした個人(Detached individual
他人と距離を置こうとする人 独立性、自信、自己満足、義務に反対する人である。
7.2.3類型論
 ある人のパーソナリティを記述する時には、その人をあらかじめ決められたタイプに分ける場合(類型論)と、タイプに分けずに特性ごとに、どの程度その特性を持っているかで記述する場合(特性論)とがある。前者で代表的なのはクレッチマーの分類であり、これはひとを分裂質、躁鬱質、てんかん質に分ける。あまり科学的ではないが血液型による性格分類などもこの類型論に相当する。要する人間をひとりひとりどれかのタイプに当てはめてしまう考え方である。後者の特性論は一人一人を外向性は強いか弱いか、開放性は強いか弱いか、勤勉性が高いか低いかなどと多くの心理的な特性ごとに記述するのである。
類型論の代表的なクレッチマーの性格分類では(1)分裂質は、細長型、スリムな体型で、非社交的、静か、内気、変わり者とし、(2)躁うつ質は、肥満型の体質で、社交的、親切、温かみがある。(3)てんかん質は、闘士型(筋肉質)の体型で、熱中しやすい、几帳面、凝り性、秩序を好むとしている。
一方、ユングは人を内気で孤独好きの内向性タイプと社交的で活動的な外向性タイプに二分できると論じた。これをさらに発展させたアイゼンクとラハマン(Eysenck and Rachman)のパーソナリティ類型の分類がある。
            


7.2.4特性理論trait theory
 類型論はいわばどれかの分類に入れてしまうのでパーソナリティを定量的に扱うことはないが、特性論では各特性項目についての強弱を論じるわけであるから、「定量性」を意識したものといえる。ここで特性とは英語ではtraitであり、シフマンは「ある個人が他人とは異なる長期的な特性」と定義している。
 この特性理論の代表的なものが、人の基本的性格特性を5次元で記述する、いわゆる「Big Five」理論である。このBig five尺度はゴールドバークにより提唱されたもので、90年代以降最も使われているパーソナリティ尺度であり、5次元とは、情緒不安定性、外向性、経験への開放性、調和性、誠実性の5つに集約されるとする考え方である。
Big Five尺度は、最も精緻なものでは(Robins, Trzesniewski,Tracy, Gosling, & Potter, 2002)240項目もあり、答えるだけで45分かかるというものである。日本では和田が簡便型の質問をつくり全部で60項目からなる、それぞれの尺度(「話し好き」)に対して「非常に良く当てはまる」、「かなり当てはまる」、「やや当てはまる」、「どちらともいえない」、「あまり当てはまらない」、「ほとんど当てはまらない」、「全く当てはまらない」にそれぞれ7点、6点、5点・・を与え(逆転項目には1点、2点、3点・・を与える)、この数値をもとに、項目の対応する対応する性格特性毎に合計点を算出し、これを特性値とする。
・「外向性」とは社会や他人との関わり合いに関わるパーソナリティである。
・「情緒不安定性」は不安定な状態で不安を感じるかどうかに関わるパーソナリティである。
・「経験への開放性」は状況の変化に対して自分を合わせ積極的に受け入れるかどうかというパーソナリティである。
・「誠実性(勤勉性)」はセルフコントロールや責任感に関するパーソナリティである。
・「調和性(協調性)」は他人とどの程度うまくやっていけるかどうかのパーソナリティである。
 なお、和田の60項目からなる尺度をさらに20評定語に縮小した尺度もある。




7.3セルフイメージ
 セルフイメージとは、自分自身に対するイメージであり、自分をどのようなイメージを持った人間だと主観的に捉えているかである、ソロモンは「人々が自分に対してもつ信念」と定義している。また、「セルフコンセプト」という言葉もほぼ同様な意味で使われる。
7.3.1セルフイメージの形成と種類
伝統的には人は一つのセルフイメージだけを持つと考えてきたが、近年では一人がいくつかのセルフイメージ(multiple self image)を持ち、シチュエーションによって使い分けると考えるようになっている。
セルフイメージは、はじめは家庭の中で主に両親との関係の中で形成される。その後、学校や地域で他人との関わりの中で自分自身についての考えが形成されてゆく。
セルフイメージは現在のイメージ、ありたいイメージという軸、自分自身が考えるイメージ、他人が考えているだろうイメージという軸で4つに分かれる。


「現実のセルフイメージ」は、例えば自分自身を「新しい事にチャレンジするのは苦手な保守的な人間だ」と捉えるなどと云ったことで、例えば普段使うバッグを買うときには定評のある比較的地味なブランドを選ぼうとするという行動に表れる。
 「理想的なセルフイメージ」は例えば「保守的な自分を何とか変えたい、少しは冒険心を持った自分になりたい」と捉えることである。バッグを買うにしても持つと自分自身に勇気がわくようなバッグを買うというタイプである。
 「他人からのイメージ」というのはこの言葉では誤解しやすいが、「他人が実際にどう自分を見ているか」ではなく、「他人が自分の事をこのように見ているのではないか」ということであくまでも自分の認知である。例えば「実は私は臆病なのだが、他人は私を大胆なパーソナリティだと思っている」とか云うことである。こういう認知は他人が自分に対して持っているイメージを壊さないようなバックを買ったりする。「あれっ、あなたに会わないバックを買ったのね」などと云われるのを避けるような消費行動をする。
 最後に、理想の「他人からのイメージ」は、つまり他人からこう思われたいということである。「他人から保守的な性格だと思われているのは嫌だ。なんでもチャレンジする人間だと思われたい」などと考える。こういうときに各バッグはおそらく従来のテーストと違ったものを買うであろう。「理想のセルフイメージ」と違うのは、理想のセルフイメージでは、自分自身の気持ちを変えるために買うのであり、理想の「他人からのイメージ」では、他人に対して働きかけるために買うという違いがある。


セルフイメージは消費行動に強い影響を与える。消費行動を通して消費者は自己のアイデンティティの確認をしたり、自己表現をするからである。特に記号的ベネフィットを重視するような商品の場合はこの傾向は強い。自社の商品のターゲット戦略を考えるときに、そのターゲットのセルフイメージをこの4つの象限で捉えることによりそのブランドのベネフィットや価値をどこにおいたらよいかわかるであろう。例えば口紅について考えると、自分のセルフイメージ強化のための口紅、望ましいセルフイメージのための口紅(口紅によってなりたい自分になる)、他人からの従来イメージを強化する口紅、他人から見られたいイメージをあらたに作る口紅などと、一人の消費者を攻めるときに四つのアプローチ法があることが示唆される。
7.3.2セルフイメージと商品の所有
前項で述べたように消費にはセルフイメージが大きい影響をもつ。商品を用いてセルフイメージを強化することを自己拡張(Extended Self)という。
商品のどのような効用が自己拡張を果たすのかという点について、次の3点が指摘される。
(1)商品の機能によってセルフイメージを拡張すること
例えばデザインソフトの一つであるイラストレーターのソフトを持っていると、コンピュータを用いた高度なデザインができ、「芸術センス」があるというパーソナリティを獲得することができる。
(2)商品の記号性、シンボリック性をもとにセルフイメージを拡張すること
例えば一眼レフ式のデジカメを持っている人はスナップではなく、本格的な写真を撮る人というイメージを獲得できる。またカカオ分が90%の高級チョコレートを買う人は美容や健康に関心のある人というイメージを獲得できる。
(3)商品のもつステータス性や階層性をもとに自分のパーソナリティに拡張すること
 たとえばプール付きの家を持つ、クルーザーを買うという行動は豊かなだけでなく、開放的なパーソナリティを持っているイメージを与えることができる。
本章の課題

 ビール、発泡酒の広告表現を調べ、各々の飲料についてBig Fiveの各尺度で見て、どのようなパーソナリティをターゲットとして想定しているか分析しなさい。またなぜそのようなターゲット像を描いているか説明しなさい。