第4章 記憶
 消費者は広告など外界の刺激を注目、解釈という情報処理のプロセスを経由してその結果を記憶する。記憶したものは必要に応じてまた引き出されて利用される。前者の覚え込む段階を「記銘」といい、後者の引き出す段階を「想起」という。消費者にブランド名や特徴を覚えてもらう際にはこの両者が大切である。たとえばサントリーの「黒ウーロン茶」は食事の脂肪吸収を防ぐという特徴を持っている。インパクトの強い広告で記憶してもらっても、例えば、コンビニの店頭でお茶を選ぶ際に、ブランド名やパッケージが思い出されなかったらこの記憶は消費者行動に利用されなかったことになる。こうならないように店頭でPOP等を掲示して思い出されるように工夫する。
 記憶にはいくつかのタイプがあり、また想起には決まったメカニズムがある。これをよく理解して効果的な記憶戦略を作ることが大切である。
4.1記銘 感覚記憶、短期記憶
 記銘段階は大きく3段階からなる。まず感覚器官から入ってきた刺激を記憶する段階で感覚記憶と云われる。この段階では刺激の持つ意味が分からなくてもそのまま記憶されている。使用される感覚器官によって記憶のタイプや記憶が保持されている時間が異なる。目で見た記憶はアイコニックメモリー(iconic memory)といって約0.2〜0.5秒程度保持される。また耳から得た記憶はエコイックメモリー(echoic memory)といって視覚記憶よりずっと長く、5秒程度記憶に残る。
 これらの感覚記憶はそのままの形で記憶されていて、その刺激に関心がある時はその情報が処理され、短期記憶になる。つまり耳から入った感覚記憶を思い出して何を言っているのかなどと刺激を処理するのである。
 次の段階は短期記憶である。感覚記憶が情報処理されるとまず短期記憶に入れられる。短期記憶は、(1)容量の限界があり、(2)短時間で消えるという特徴がある。
 マキニス等(MacInnis 2001)によると短期記憶で保持されるものは二通りある。(1)単に言葉がそのまま短期記憶される場合(discursive processing)と(2) 形、色、香りなど五感が短期記憶される場合である(imagery processing)。この2種類の短期記憶のうち効果的なのは五感が短期記憶される場合である。その理由として、好意が高まる、過去の記憶を刺激する、評価全般に影響を与え、また満足にも影響を与えるからと考えられる。


 注目されるために刺激に工夫を加えるのは当然だが、感覚記憶のうちエコイックメモリーが長く残ることを利用することは効果的である。CMの最後にサウンドロゴをいれるのも刺激が終わってからも感覚に記憶が残るからである。また五感全体に働きかけるような販売促進策は短期記憶に残り、次の段階の長期記憶へと送られやすい。

4.2 長期記憶
 短期記憶を経て記憶は長期記憶になる。長期記憶に貯蔵されたものはほとんど忘れられないと考えられている。ある事柄がどうしても思い出せないが、聞けば知っていたということは日常生活の中でよくあるだろう。これはつまり長期記憶に残っていたからである。
確かにこのことは覚えていたということはそれが長期記憶に残っていたのである。一方短期記憶は時間が経つと忘れられてしまう。
長期記憶には、エピソード記憶と意味記憶の二種類がある。



 「エピソード記憶」とは自分が体験したことについての記憶であり、記憶の内容と一緒に時間や空間(記憶の生じた場所)が記憶されている。簡単に言えば「出来事の記憶」である。たとえば今朝家で食べた「フォションのクロワッサン」はアプリコットのジャムにマッチしていてとてもおいしかったという記憶である。「意味記憶」は「概念記憶」ともいわれ、一般化した記憶である。たとえば「フォションのクロワッサン」は“本格的なフランスのクロワッサンでバター分が多いのでしっとりしていて味がまろやかである”といった記憶が意味記憶である。意味記憶は、エピソード記憶が蓄積してゆくうちに時間や空間の記憶がエピソード記憶から抜け落ちて、一般化した意味に関わる情報になると考えられる。
人々は覚えておきたいことがあると、まず短期記憶にいれて、それを長期記憶へと移す。長期記憶に貯蔵するために人々はいろいろな方法を用いる。
(1)チャンキング(chunking) チャンクとはデータの固まりであり、チャンキングとは物事を覚えるときに複数のデータを一つにまとめ、覚えるべきことの数を減らして記憶することである。人は3〜7つのチャンクを同時に覚えることができると云われている。最大7つのチャンクを覚えられることから、この論を唱えたミラーの名前に因んで、「ミラーのマジックナンバー7」と云われている。
たとえば海外では電話番号は二つを一つのデータとして扱う。たとえば1234−5678の場合、12・34・56・78である。前者の場合、8つのデータを覚えることになるのできわめて困難だが、後者は4つのデータなので覚えられる。
(2)リハーサル
 リハーサルとは記憶したいことを繰り返し考えたり、声に出したりすることである。試験勉強に出そうな概念を何度もノートをみて確認することもリハーサルである。
(3)リサーキュレーション 
 リサーキュレーションとは、リハーサルのように意識的に思い出したり声を出したりしないで単に短期記憶を繰り返しているうちに、自然に覚えてしまうことである。たとえば最近は地下鉄の車内で「次は○○です。××はこちらが便利です」などと広告アナウンスが入っている。ほとんどの人は××について覚えようとしていないがいつの間にかその名前を覚えてしまうことがある。
(4)エラボレーション 
エラボレーションとは語義では「努力すること」という意味である。記憶したいことをいろいろ工夫して覚え込もうとすることである。つまり記憶したいことを深いレベルで情報を処理し既存知識と結びつけることである。たとえばたとえば語呂合わせは典型的なエラボレーションである。「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」などは歴史の年号を覚えるときのエラボレーションの一つである。


長期記憶は長時間にわたって保持されるものであるから、戦略的には、なるべく短期記憶を長期記憶に変えておくことが望まれる。
たとえばブランド名の記憶を促すためには次のような工夫が有効である。
(1)ブランド名をなるべく短くする、仮に長くても2−3のことばを組み合わせるようにする。ソニーのデジタルカメラ“サイバーショット”は7文字からなるがサイバー+ショットの2チャンクである。また花王の“アジエンス”は5文字であるが、アジア+エンスの二つのチャンクであり覚えやすい。仮にアジエンスではなくgdqohとかしたら5チャンクにも関わらずほとんどの人は覚えられない。
(2)記憶しようとする気を引き起こせば人々はリハーサルをする。商品にメリットを感じれば消費者は記憶しようとする。そのときに商品の外観やネーミングに工夫することでリハーサルを促すことができる。
(3)典型的なリサーキュレーションは、CM等で連呼することものである。馴染みのないブランド名でも繰り返し聞いているうちに記憶してします。いろいろな場面でブランド名を露出することは効果的である。
(4)たとえば「熱さまシート」というブランド名は商品機能をそのまま表現することによって消費者が簡単に記憶できるようにしている。これは消費者が商品を覚えようと努力することを容易にしている。エラボレーションをしたくなるようなネーミングである。また電話番号に語呂合わせをして広告上で表記している例があるがこれなどもエラボレーションの例である。

4.3 長期記憶の構造
 長期記憶はどのように整理されて頭の中に入っているのだろうか。これは、個々の記憶がそれぞれつながりながら一つの記憶体系を形成していると考えられている。つまりネットワーク上に個々の記憶要素がつながっているということである。これを意味ネットワークあるいは連想ネットワークという。またスキーマと云われることもある。強い記憶とはこの記憶と記憶をつなぐ関連線(リンクと云われる)が強いことである。図はチョコレート菓子のグリコポッキーの記憶ネットワークであるが、例えばポッキーは「好き」な「チョコレート」という連想は強く、相対的には「たべやすい」といった連想とは弱いことが分かる。



4.4想起
 記憶されたことはそのまま保持され、必要に応じて思い出される。この思い出される段階を想起という。「喉まで出かかっているけどなかなか思い出せない」という気分に陥ることがあるが、これは長期記憶に残ってはいるが想起ができないことを示している。ここでは、何が想起されやすいのか、想起がうまく行かなくなるのはなぜか、想起にはどういう種類があるかを考察してゆこう。
4.4.1想起されやすさ
 想起がうまく行くのは知識ネットワークがしっかりできている場合である。リンクの強い場合がそうである。例えば先ほどのポッキーの例ではポッキーとパッケージの関連が強いのでパッケージの雰囲気からもポッキーは想起されるのである。しかし、みんなで一緒におしゃべりしながら食べるチョコレート菓子という視点で見ると相対的にポッキーは想起されにくいといえる。 
 もう一つの要因は、「記憶の活性化の広がり」程度(spreading of activation)といわれるものである。想起しようとしたときにそのヒントとして「好きなチョコレート」という言葉からポッキーに結びつくよりも、「好きな」「チョコレート」で「女の子」の「青春」や「思い出」につながるものとか云うと先ほどの連想マップの多くの領域が刺激を受け活性化する。こういう場合の方がよりよく想起する。またたとえばりんご、みかん、ブドウなどという文字を自然に読ませ、直後に「い○ご」という単語を見せるとほとんどの人は「いちご」と読み取る。これは文脈効果と捉えることもできるし、りんご、みかん等の言葉を読んだときに果物全般の知識が活性化したことによると考えられる。
4.4.2想起の失敗
 想起の失敗とは長期記憶に貯蔵されていることがうまく想起できないことである。その理由として考えられるのは以下の3つである。
(1) 記憶のリンクが弱まること
 時間の経緯とともに長期記憶の間のリンクが弱まり思い出すためのきっかけが得られなくなるのである。想起の失敗を防ぐにはいつもその記憶を活性化するような刺激が必要である。最近のマーケティングはIMC(統合マーケティングIntegrated Marketing Communication)といってあらゆるコミュニケーションによる刺激を統合することが当然になってきているが、これもいろいろな場面でブランド記憶を活性化しておこうという狙いである。
(2)他の記憶との干渉
 本来想起したい記憶と類似した記憶内容が思い出され、その影響を受けて肝心の記憶が思い出せないこと。これを干渉という。たとえば電子辞書は2社がワードという言葉を使っている。「ワードタンク」、「エクスワード」であるが、関心の高い人ならともかくそうでないとおそらく混同してしまうことがあるだろう。このような干渉から来る混同を避けるためにネーミングやパッケージングを注する必要がある。
(3)記憶順の影響
順番に記憶した場合などは、一番はじめに出てきた項目と一番最後(最近)に覚えたことが思い出される。(Primacy and recency effect) とくに最近の記憶はリーセンシーと専門用語ながら日本語として使われている。例えば洗濯用洗剤のようにブランドの違いがすくなく関心も低い商品の場合は、その日だとか前日など直近にみた広告のブランドを選びがちだというデータがある。このような傾向が見られることから広告業界では、広告をキャンペーン時期に集中的に行うのではなく、継続的に行う「リーセンシー重視型広告戦略」も最近は採用されるようになっている。


4.4.3想起の2タイプ
 記憶が正しく想起された化を確認する方法として、再認法と再生法という二つの方法がある。再認法とはこの刺激が記憶にあるかどうかを確認するプロセスであり、再生法とはこの刺激に関する記憶をヒントをなしに引き出せその記憶があるかどうかを確認する方法である。たとえば「ポッキーというチョコレート菓子を知っていますか」というのが再認法であり、「あなたの知っているチョコレート菓子をすべて上げてください」というのが再生法である。再認法は、想起の心理的な努力が少ないので記憶が弱くても、あるいは想起しやすさに欠ける記憶でも確認できる方法であるのに対して、再生法は、記憶が強い、あるいは想起されやすい状態にない場合は記憶を確認できない方法である。マーケティングとの関連で見るとたとえばスーパーなどの店頭やネット販売で云えばブランドリストから自分の買いたいブランドを選ぶ場合は再認法で確認できる程度の記憶、あるいは想起の強さでよいが、ブランドのない場面でブランドを決めたり他人に推奨するような場合は再生法で確認できるような強い記憶、想起されやすさが必要である。



4.4.4想起を高めるために
 想起されやすさはそもそもの刺激の性格、短期記憶の処理の種類、想起時の消費者側の要因からなる。 
1刺激の特性
 想起されやすい刺激とそうでない刺激がある。顕著性(Salience)やプロトタイプ性が高い刺激は想起されやすいといわれる。
 顕著性とは、他の刺激より目立つ刺激である。たとえば他の刺激より大きい、明るい、動いているものなどは注目を引き、精緻化が進む。その結果、記憶されやすく、さらに想起されやすくなる。広告などで商品が誇張されてビジュアル化されていることがあるが、このような大きい商品は記憶に残りやすいし、また想起されやすい。
 プロトタイプ性とは、その刺激が属する分類の名前になっている場合などはその刺激が頻繁に想起されるので記憶が強化され、また想起されやすくなる。たとえば「コーク」という言葉はアメリカではコーラ飲料全体に使われるが実はコカコーラのことである。従ってペプシコーラよりはコークといわれるコカコーラの方がよりプロトタイプに近い。セロテープも本来は粘着ビニールテープの代名詞化しているので、たとえば3Mのスコッチテープより想起されやすい。想起されやすいブランドは往々にしてその商品ジャンルの開拓ブランドや代表ブランドであることが多い。味の素、ウォークマン、ゼロックス、デジカメなどは一般名詞のように使われているが、実はブランド名である。これらはきわめて想起しやすい。
2短期記憶の処理の仕方
 刺激はまず短期刺激の段階でイメージ処理かあるいは言語処理をされる。イメージ処理された刺激は言語処理された刺激より覚えられやすく、また想起されやすいといわれている。その理由は、イメージ処理の場合、図の処理と言語の処理が同時並行(dual coding)されるので、より深い処理がされるからである。
 たとえば新製品のネーミングは、ブランドの特性を表しつつ、他のブランドとの差別化を図るように工夫されているが、そのロゴにも工夫がされている。これは言語としてのブランドネームとイメージとしてのロゴのデザインを印象づけるためである。
3消費者側の要因
 さらに想起のしやすさは消費者側の要因によって決まることも多い。
 第一の要因は消費者の気分やムードである。概して肯定的、積極的な気分の時は過去の記憶を想起しやすい。売り場を華やかにするのは買い物客を集めるためだけではなく、そこで自社のブランドや広告で訴えた良さを想起してもらうためということもある。また気分が肯定的な時は肯定的な記憶が思い出され、気分が否定的な時は否定的な事柄が思い出されるということもある。たとえば朝の爽快な気分の時は歯磨き後のさわやかさを訴えた歯磨きの広告を思い出し、また疲れて体が重いと感じるときは歯肉が不健康になることを防ぐ歯周病予防の歯磨きの広告を思い出したりする。消費者はTPOによって気分は変わるのでその気分をマーケティングに活かす必要がある。
 第二の要因は、その商品への経験度といったものである。たとえば常に携帯電話の新製品に関心があり頻繁に商品を変える人と壊れでもしない限り数年に一回しか買い替えない人では携帯電話の機能やブランド、タイプの想起は大幅に異なるであろう。
4.5潜在記憶とプライミング
 ここまで意識的に覚えようとする記憶を主に扱ってきた。しかし記憶の種類には、本人が覚えたという自覚がないまま記憶することがある。これを潜在記憶(Implicit Memory)という。自覚しないまま記憶しているので記憶したという認知もない。4.3で短期記憶をリサーキュレーションしているうちに自然に覚えてしまうことを述べたが、この場合は短期的にせよ記憶しようと努力したことを認知しているが、潜在記憶はその認知すらないものである。
 潜在記憶があることの確かな証明は「プライミング」という現象である。プライミングとは先に与えられた刺激(先行刺激)が、後に続く刺激(後続刺激)の処理に無意識に影響を及ぼすことである。たとえば宮崎県の風土紹介の文章(文中に特産物紹介として果物のマンゴーを紹介している)をごく自然な雰囲気でよんでもらい、その後、全く関係ない本などを読んでもらい直前の効果を除いた上で、後に、「○ン○―」などという文字を見せると多くの人は「マンゴー」と答える。これは直後でもあるいは数週間後でもそういう傾向が残っているという。つまりはじめに読んだ文章の中は覚えるつもりがないし、覚えた意識もないのだが、記憶には残っているのである。
 テレビCMなどで意味不明な難しい専門用語を使っていることがあるが、これも潜在記憶に働きかけているという点で効果があるのである。



 記憶のメカニズムは複雑でかつ多岐である。マーケティングでは、ブランド名の記憶、ブランド特徴の記憶などをゴールにすることが多い。こういった場合に本章の記憶のメカニズムを十分理解する必要がある。
 記憶段階(記銘段階)では、感覚記憶が長い時間保持される音声刺激を効果的に用いること、短期記憶の段階ではイメージ記憶の方が処理されやすいのでこれを活用すること、長期記憶では、チャンクを3―4位にすること、記憶を想起しやすくするために定期的に刺激を与えること、消費シーンに合わせたイメージ付けをすること等が考えられる。

本章の課題
 R製薬は「日焼け止めクリーム」として科学的な薬効を売り物にした新製品を開発した。成分は酸化亜鉛に鉄の原子を入れ込んだものである。日焼け止めクリームは化粧品メーカが有力ブランドのシェアの上位を占めているので、美容効果よりは薬効を前面に出してマーケティングしてゆきたい。店頭ではどうしても化粧品メーカに押されることが予測されるので、「指名買い」を促したい。そのためにブランド名、商品特徴を記憶に残りやすいように戦略を考えたい。ブランド名、ロゴ、商品特徴(商品のキャッチフレーズ)をどのように考えたらよいか考えなさい。