第3章 注目とパーセプション
 この章では、消費者が外界の情報にどのように接触し、受けとめて、その意味を理解するかを考える。このように外界の刺激への露出、特定の刺激への選択と注目、その刺激の解釈や意味づけの全過程をパーセプション・プロセスという。

3.1露出
 人々は感覚器官を用いて外界の刺激に接触する。外界の刺激の大きさがある水準を超えると露出されたことが感知される。感覚器官には検知できるレベルが決まっていて、これを閾値(いきち)という。閾値の「閾」は「しきい」という意味であり、「しきい」より上の刺激が人間の感覚器官に捉えられる。人々は閾値以上の刺激を認知するといえる。
 閾値には、「絶対閾値」と「相対閾値」の二種類がある。「絶対閾値」とは人が感知できる最低水準の刺激量である。人間ドックなどでおこなう聴力検査では、高性能なヘッドホンを付けて完全に外部の音を遮断した後である周波数の音を出す。はじめは非常に小さい音からだんだん音が強くなるようになっている。聴力検査を受ける人は音が聞こえたと感じたい時にボタンを押す。この音が聞こえはじめるレベルが「絶対閾値」である。
一方、「相対閾値」とは、二つの刺激の差を検知できるレベルのことを言う。聴力検査の例では、二つの音の音量が1%違うだけでは違いを普通は検知できないが、音量が10%違えばその違いを認知できる。このように二つの刺激の差を検知できるレベルが相対閾値である。
マーケティングでこの閾値を問題にするのは、広告などの刺激をどの程度あたえればよいかを検討するときである。たとえば売り上げが伸び悩んでいるときにマーケティングミックス、価格をどの程度下げたらよいか、パッケージをどの程度改良すれば良いか、あるいは広告表現を従来と、あるいは他社と比較してどの程度変えれば良いか、どの程度の量を行えばよいかといった時に閾値が問題になるのである。パッケージについてみるとブランドの安定性や継続性を考えれば、パッケージを大胆に変えることはブランドイメージを損なう危険があるし、一方、わずかなデザインの違いでは消費者に気づかれず効果がでない。実際にはイメージを壊さない程度にパッケージを変え、「新しさ」を感じさせている。
概して成功するブランドはカルビーの「かっぱえびせん」のようにパッケージのデザインを閾値を意識しながら少しずつ変更している。


 閾値に関連した認知として「サブリミナル認知」という概念がある。サブリミナルとは閾値以下の刺激で生じる認知である。閾値以下では人々は認知できないと思われるが実際には自覚しないが認知しているのである。この事例としては有名な映画館実験がある。1957年にアメリカの市場調査の研究者がサブリミナルの効果調査を映画館で行った。人間の閾値以下の1/3000秒間だけ「コカコーラを飲もう、ポップコーンを食べよう」という文字を5分に1回ずつ流したところ、その映画館では、コカコーラは通常の58%増し、ポップコーンは18%増し売れたと云うことである。つまり人間はサブリミナルの刺激でも影響を受けて消費行動を起こすという結果である。この結果はセンセーションを引き起こしたが、1963年にこの研究者はこの調査がねつ造したものであり、同じ条件で調査しても結果が再現されないことを認めた。
ただし次章記憶の潜在記憶の項で説明するように、閾値以上の刺激でも関心がない刺激に対しては見たり覚えたりした自覚がないが、このような自覚がない刺激でもその影響を受けるというプライミング効果は実証されているのでサブリミナルに近いレベルの刺激が消費行動に何の影響も与えないとは断言できない。

3.2注目
 閾値を超えた刺激が脳に伝わると脳は情報処理を開始する。この段階を「注目」という。広告を見たりパッケージに気づいたりして「これは何だろう」と考える段階である。認知心理学的には「特定の刺激に対して自分の情報処理能力を割くこと」である。
人間の情報処理能力は限られているから、身の回りのあらゆる事物に対して均等に割かれるわけではなく、自分にとって重要だと思われる刺激に対して重点的、選択的に処理能力を割く。たとえばCMを見ていて、タレントのアクションや表情を注目しブランド名に全然注目しないことがあるが、この場合はタレントという刺激が選択的に処理されているのである。
3.2.1 注目の要因
 では人は何に注目するのであろう。この注目の要因には人間サイドの要因と刺激サイドの要因がある。(Solomon2001)
まず人間サイドの要因として、(1)ニーズ、(2)防御性、(3)慣れという3要因がある。
(1)ニーズ
 人はニーズの高いもの、それに関連するものに注目する。睡眠不足の人は「快眠枕」という文字が目に飛び込むであろう。あるいは睡眠と関連しそうな「心を癒すアロマ」というコトバに注目をする。このように自分に意味がある刺激に対しては選択的に注目するのである。
(2)防御性
 人それぞれであるが自分が見たくないものがある。自分の価値観や考え方に脅威となるような刺激を避けようとする。これらの刺激に対しては人は防御的になり、なるべく注目しないようにする。これを認知防御(perceptual defense)という。たとえば、例えばスポーツドライビングの好きな若者は交通事故の悲惨な写真を見ないようにしたり、ダイエットに努める女性はケーキ紹介番組を避けたりする。


(3)刺激に対する「慣れ」
 人は見慣れたものに対しては注目しない。人間は限られた認知的資源、つまり思考能力を効果的に使いたいと考えているので、見慣れないものには注目し、それに見慣れてくると注目しなくなる。テレビ広告ではCMのオンエア直後は注目が高まるが、何回と見てゆく内に段々注目は下がる。広告業界では「3ヒットセオリー」という用語があり、人は3回くらい見ると広告の効果が低下しだすというがこれも主に注目が落ちることに基づく。
次に刺激サイドの要因であるが、これは刺激の大きさ、色、位置、新奇性、動きなどが注目の要因となる。たとえばラッピングバスのように、大きくてしかも動く刺激に対しては注目率は高い。
 これらを見ると注目はかなり原始的な認知の仕組みに組み入れられていることが分かる。過去人類が生き延びてゆくために危険なものにすぐ気づくように注目の仕組みができている。大きいものや動きのあるものは人類にとって生存の危機を脅かすものであったのである。



広告や販売促進で消費者の注目を得るためには消費者サイドの要因への働きかけとしては、@ニーズに合致する、Aその商品に関わる消費者の価値観に沿ったもの、Bいつも変化している新しい刺激を加味することが大切である。たとえば多様化が進み差別化が難しくなったデジカメなどは店頭で注目を引くために、デジカメに対する現在のニーズ、たとえば「手ぶれ防止」であれば「手ぶれ警告灯」を点滅させるPOPを作ったり、家族写真を強調するためにアルバム帳を置いたり、あるいはPOPをわざわざ手書きにして変化を付けるなど刺激に工夫を凝らす必要がある。
また刺激サイドとしては動きや大きさなどを工夫し通常より強い刺激を与えるように考えるなどが考えられる。従来広告の主流は自宅内で見られるマスメディアが中心であったが、近年はアウトドア広告が増え、広告メディアに人々が町中にいるときや移動中に接触するようになってくると、その場の状況を十分考慮して、注目メカニズムを活用する必要がある。
3.3解釈
 外からの刺激に注目すると、その次に人は刺激の意味を考える段階になる。これを「解釈」の段階という。日常の生活の中でこの段階を自覚することはあまりないが、脳の中では自分の持っている知識を利用しながら、その刺激の意味を分析し、理解しているのである。各人が持っている知識は人によってそれぞれ異なるので、同じ刺激を受けても解釈の仕方は異なってくる。なお解釈のプロセスを「意味づけ」の過程と云うこともある。つまり解釈とは「消費者が情報に注目し、過去の知識体系を使いながらその情報の意味を考える過程である。」
解釈に使われる知識構造を「スキーマ」という。たとえばテレビCMのシーンでハンバーグが出てくると、冷凍食品の知識体系、ファーストフードの知識体系、あるいは調味料の知識体系などが活性化し、シーンの意味を解釈する。すぐその後にハンバーグがパンに挟まれるシーンが出てくるとファーストフードの知識体系が選ばれ、自分がファーストフードに持っている知識と対応しながらシーンを分析する。「ずいぶんよく焼けたハンバーガーだな」とか「パンがおいしそうだ」とか。





このような解釈過程だが注目された刺激に応じて起動されるスキーマがほとんど固定している場合(自動化された解釈Automatic processing)と、刺激に応じていろいろなスキーマが試行錯誤的に利用されながら解釈される場合がある。たとえば独特のボトル形状をみて直ちにコカコーラだと思うのは、形から「コーラ」スキーマが直ちに起動するケースであり、一方ボトルの形はコカコーラでありながら、中に無色透明の水分が入っていると、コカコーラの新製品か、あるいは誰かが空き瓶に水を入れたのか、あるいはどこかのメーカがまねして新製品を出したのかと過去の知識を動員するのである。

スキーマには二つのタイプがある。一つは辞書的な意味(semantic meaning)からなるスキーマ、もう一つは心理的な意味からなるスキーマである。辞書的な意味とは、辞書に書いてあるような一般的な意味である。例えば駐車場の前に幟に「新規open」と書いてあれば、このopenという文字は「この店は新たに開店したのだな」と解釈することである。心理的な意味(psychological meaning)とは個人の経験や状況に応じて持たれる意味で過去の経験である。先ほどの幟が赤を背景に白抜きで書いてあれば「そういえばこれと同じ幟を家の近くにできたラーメン屋にあったな」と思い出し、同じチェーンだろうかなどと解釈することである。概して辞書的なスキーマよりは心理的なスキーマを利用して解釈された方が心理的に深い解釈になることが影響力が大きい。
刺激をどう意味づけるかは、刺激を解釈する人の知識体系によって変わる。個人の特性によっても違うし、また、状況に応じて異なる。ホーキンズら(Hawkins、Best、Corney2001)によれば次のような要因によって変わるとしている。


 刺激要因については、刺激がストレートに解釈に影響を与えるというよりは、刺激のもつ記号的な意味が解釈に影響を与えるということである。例えば赤い色の服は注目を引きつけるだけではなく、これを着ている女性の今の心理が例えば「情熱的」であることを象徴していることがある。この場合、同じ刺激でも使われる色によって解釈が異なる。


商品はそれ自体が消費者にとって刺激を与えるものであり、また商品の広告や価格も消費者に注目され解釈されて意味づけされる。自分の関心のある商品について「現在どのように意味づけされて」いて「今後どう意味づけられるべきか」を戦略立案に当たっては考慮すべきである。
(1)適切なスキーマを起動させるように考える。
(2)自動化された解釈過程を変化させる。
(3)望ましいパーセプションが得られないときは起動されたスキーマを考えて見る。



本章の課題

 次のジャンルの商品について第一位ブランドと低位ブランドを選び、特に広告について注目、解釈の側面からどこに違いがあるかを明らかにし、低位ブランドの注目、解釈プロセスを改善する方法を考えよ。