第2章 ニーズとモチベーション
 この章では消費行動の起点となるニーズについて考えてみよう。昼が近づくと自然に空腹感を感じる。仕事の打ち合わせ中にも、「今日は何を食べようか」などという考えが頭をよぎる。この欠乏感(この場合は空腹感)をニーズといい、その欠乏感を満たそうという意図をモチベーションという。つまり生活の中で感じる欠乏感をニーズといい、それを満たそうという心の動きがモチベーションである。この2つの用語は実際には余り厳密に使い分けられていないので、以下ではニーズという言葉で代表する。
 消費行動の起点はニーズであるから、これを明らかにすることはきわめて重要である。マーケティング戦略づくりでは、誰がどのようなニーズを持っているかを知ることがターゲット決定の決め手になる。
 以下の項で、ニーズの発生メカニズム、ニーズの特性、ニーズの種類、ニーズの測定法について述べる。
2.1 ニーズはなぜ生じるか
 ニーズはどのように生じるのだろう。たとえば昼の空腹感である。朝食に食べたものが消化されて血糖値が上がる。様々な活動をすると体内のエネルギーが消費され、血糖値が下がり、体に蓄えている脂肪を分解してエネルギーに変えようとする。このときに遊離脂肪酸というのが増えてこれが食欲中枢を刺激するのである。これが生理学的な説明である。空腹という生理的な現象ではあるが、人間は今の血糖値をいつもチェックしていて、望ましい血糖値との違いが大きくなると、自然に食欲というニーズが生まれるのである。もちろん生理的な現象だけではない。社会的なニーズでも同様である。ニーズとは、望ましい状態と今の状態を対比しそこに違いが出てくると必ず心の中に生じるものである。
ニーズが生じるとそのニーズを満たしたい、そのために何か行動を意図する。これがモチベーションである。ニーズを感じても、ニーズを満たすために何か行動しようと思わない時にはモチベーションは生まれない。そのまま何も行動を起こさない。
消費行動が起動するのは、ニーズを持ち、それを満たすために行動を意図し(モチベーションが生じ)、実際に行動をはじめる時である。だからニーズに気がつかなければ消費行動は生まれない。たとえばゲームに熱中していてそれ以外に全く気が向かないとき等はニーズにも気づかず、消費行動を起こすこともない。食べるのも忘れてゲームをすることもあるだろう。かりにニーズに気がついても、それを満たそうと思わない時にはニーズは生まれない。寝ていて夜中に突然空腹を感じても起きるのが面倒だと思えば我慢してベッドにそのままいるであろう。
図2.1 ニーズ、モチベーション、消費行動



消費者行動が起動するには、「望ましい状態を認識していること」「現状を認識していること」「望ましい状態と現状の差を認識(ニーズの認識)していること」「ニーズを放置しないで、充足しようという気持ちを持つこと」が必要である。
このための戦略として次のような4戦略が考えられる。
(1)「望ましい状態」の認識を促し、高める戦略
 広告ではその商品を使ったときの満足感を訴えることが多いが、これは望ましい状態を認識させるためである。たとえばある「ビタミン剤」の広告では、腰が疲れて“くたっとした”姿勢のサラリーマンがビタミン剤を飲むことによって、背筋が伸びて元気になることを訴えている。これは、疲れがちな30代以上のサラリーマンに対して「望ましい状態」を認識してもらうアプローチである。
 マーケティングのプランナーは、消費者に対して、自分が担当する商品がどういう「望ましい状態」を生み出すものかを明らかにし、それを魅力的にアピールすることが消費者のニーズ形成に寄与することを理解しなければいけない。
(2)「現状」についての認識を促す(自分に気がつかせる)
 食欲や喉の渇きなど生理的な状態については人々は自然と気づくものであるが、人々は意外に「自分の今の姿」、自分自身の現状には気づかないものである。中年男性などは週末に買い物に出かける時の服装をあまり気にしない。売り場にいっても自分の姿をまじまじと見ることもないので特に自分の服装を気にすることはない。しかし通路や売り場の目立つところに大きい鏡などがあると、思わず自分のファッションを意識せざるを得ない。その結果として場合に寄っては自分のファッションを何とかした方がよいのではというニーズを感じることになる。
ブティックにはよく大きい鏡が置いてあるが、これは買おうと思っている服が自分に似合うかどうかを確認するために置いていると思いがちだが、それだけでなく、本人の今の服について再認識させるためにしていることが多い。
 基礎化粧品のプロモーションとして店頭でよく肌診断などを行っているが、これは自分の肌の状態についてよく認識してもらうことによって、自分にふさわしい基礎化粧品があるのではないかという認知を促すために行っている。
 効果のわかりにくい商品は一般にマーケティングが難しい。たとえばUVカット成分を配合したリップクリームはその効果がわかりにくい。このような場合、紫外線の影響をどれだけ受けているかを唇を拡大して見せるような拡大鏡などで確認させることで問題点を気づかせニーズを起動させることが可能になる。
(3)「望ましい状態」と「現状」の差異を縮めるように促す
 望ましい状態と現状とに違いがあると認知しても、そのまま放置する場合がある。この場合はニーズが生じない。この差異は放置できない、無視できないという気持ちになってはじめてニーズが生じる。
たとえば内臓脂肪が増えて「メタボリック症候群」といえるような体形になっていても、それが気にならない人も多い。しかし、テレビ番組などで「メタボリック症候群」を放置すると血圧が上り、また血栓が出来て脳梗塞が起こるという番組があると、「望ましい体形」と「今の体形」のギャップが大変な問題だと認識し、なんとか体形を変えたいというニーズが生まれる。その結果たとえばウォーキングを始めたりダイエット食品を買ったりという行動が喚起される。
(注)
本章の記述では、ニーズは企業によって「生み出されるもの」という印象を受けるかも知れない。企業が消費者を深層心理的に操作したり、本来、不必要なニーズを生み出して商品を買わせようというニュアンスを感じるかもしれない。しかし、本来マーケティングは、商品に対する消費者の満足を高めることによって、企業の長期的な維持・成長を図る手段である。従ってマーケティングは常に倫理的な視点から厳しくチェックする必要がある。本書ではこういう倫理的な視点を持つことを前提に執筆している。「ニーズを生み出す」などということばなどはこういう視点を前提に理解して欲しい。

2.2 ニーズの特徴
 ニーズは以下のような特徴を持っている。
(1)ニーズが完全に満たされるものではない
 食欲など生理的なニーズは食事を取ることによってほぼ完全に満足されるニーズもあるが、多くのニーズ、たとえば「安全」のニーズや「社会的」なニーズは完全に充足されることは少ない。なぜなら「望ましい状態」は、人々が消費体験を重ねてゆくうちに徐々に変化してゆくからである。
今まで望ましいと考えていた状態が、経験を通じていくうちにそれほど魅力的に感じなくなるようなケースがある。どうしてもスイスアルプスでスキーをしたいと思っていた人が、実際に行ってみたら期待したほどでなかったという経験をすると、その後はヨーロッパでスキーをするという「望ましいこと」が、それほど望ましくなくなる。つまりニーズは弱まる訳である。
反対に消費経験を積むに従って望ましい状態が高まるケースもある。30インチの液晶テレビを買って満足していた人が、店頭で50インチの液晶をみて、「望ましい状態」は50インチの大顔面となり、現状の30インチのテレビに我慢できなくなるということもある。
消費経験が増すことでニーズが強まったり、弱まったりすることがあることをマーケティングのプランナーは把握しておくべきである。
(2)あるニーズが満たされると、より新しい高位のニーズが生まれる
 既に述べたようにニーズがいったん満たされると、商品によっては消費経験が蓄積され以前は気がつかなかった点が気になりニーズが変わってゆくことがある。デジタルカメラなどが典型的である。当初はコンパクトで画像がきれいなことがニーズであったが、それが満たされると、次は撮影時の手ぶれを防ぐことがニーズになり、さらには本格的に手応えのある一眼レフのデジタルカメラ、最終的には被写体に合わせて好みのレンズを一通り揃えるというように、より高位なニーズへと変わってゆく。
(3)ニーズは多重的である
 ニーズは単一のものではなく、複数のニーズが重なり合ったものである。空腹を満たしたいというニーズとせっかく食事をするなら普段余り話のできない同僚を誘って近況でも話し合いながら食べたいといった社交的ニーズが一緒に生じることはよくある。従って最終的に行う消費行動は空腹と社交という二重のニーズをみたすことになる。たとえば「無印商品」は素材感を強調した商品群からなるが、これはシンプルなデザインの商品に囲まれて暮らしたいというニーズと、一方で、環境にやさしい暮らしをしたいというニーズ、あるいは、リーズナルな価格のものを求めたいという複数のニーズにこたえている。商品開発に当たっては単一のニーズに応えるだけでなく、複数の視点をもつ必要がある。
(4)ニーズは人々によって異なる
 「望ましい状態」や「現状に対する認識」は人々によって異なるので、当然のことながらニーズは異なる。液晶テレビの例にとると、万人が画像サイズの大きいほど「望ましい」ものと考え勝ちであろう。したがって市場の競争ではサイズ競争になりがちである。しかし中には音楽番組やミュージックDVDが好きな人がいて、従来の液晶テレビの音質や迫力に飽き足らないと感じている人もいる。ついわれわれはニーズは卍同じだと捉え勝ちであるがこれは安易な考え方である。


(1)消費者の現在のニーズだけにとらわれず将来のニーズを常に先読みしながら戦略を考える。
たとえば東芝の「ギガビート」というハードディスク内蔵MP3プレイヤーは、かなりこの分野では初期に開発・発売された商品である。この商品は比較的マニアックな層に売れていたが、この種の商品で爆発的にヒットしたのはi-podが発売されてからである。当初の消費者のニーズは好きな音楽を大量に持ってアウトドアで聞きたいというニーズであったが、そのニーズはすぐに「外で使うのだから他人からかっこよく見られたい」というニーズに変わっていった。これを先読みできたi-podがこの市場を席巻したのである。
(2)ニーズは多様であることを常に意識する。
 ダイエットに対するニーズは若い女性を中心に根強い。このダイエットニーズをもう少し深く見ると、他人(異性)からよく見られたいという意識だけではなく、むしろ同性からよく見られたいという意識、健康のために痩せたい、スポーツをするために体重を落としたい、どうしても着てみたいブランドのウェアがある、などいろいろな意識が背景にある。ダイエットのためのサプリのセールスポイントを決めるときにはダイエットのニーズを単純に捉えないで、多様なニーズが裏に隠れていることを知っておく必要がある。
2.3 ニーズの種類
 ニーズは多様にあるので、これをいくつかに分類する理論が発表されている。代表的なのは、「マズローの欲求5段階」である。このほかに「ホイヤー&マキニス」、「マクガイヤ」のリストなどがある。
2.3.1 マズローの欲求5段階
マズローによると、ニーズには5つの種類のニーズがあり、それは階層性をもつとしている。階層性とは、ニーズには人間にとって必須であり、次元の低いニーズから、より裁量性のある高度のニーズまで段階的になっていて、低次なニーズが満たされないと次の段階のニーズを求めないという考え方である。マスローの段階説は以下の4つの前提に基づいている。(Hawkins、Best and Coney2001)
@あらゆる人は遺伝的に与えられた動機から社会的な動機までの幅広い動機を持っている。Aある動機は他のものより基礎的なものであり、重要なものである。
B基本的なニーズがある程度満たされないとより上の動機は活性化しない。
C基礎的な動機が満たされると、より上の動機が重要になる。
 5段階の欲求とは生理的欲求、安全欲求、親和欲求、自尊欲求、自己実現欲求である。
このうち、生理的欲求、安全欲求は生物としての生物としての基本的な欲求であり、親和欲求、自尊欲求、自己実現欲求は、人と他人との関係を意識した社会的欲求と分類される。

図2.2 マズローのニーズの5段階




 マズローのニーズについて解説と商品事例を挙げると以下の通りである。
1生理的な欲求
 空腹やのどの渇き、あるいは睡眠、あるいは性的なことなどが生理的欲求である。
 例えば食品一般、飲料、薬などはこのニーズに基づくものが多い。
2安全の欲求 物理的な安全、安心感、安定感、あるいはくつろいだ環境を求める気持ち
 例えば、風邪薬、傷害保険、防犯機器など
3所属(親和)の欲求 集団に属し、友好関係や愛情や友情を得ようという気持ち
 例えばファッション、化粧品や食品など
4自尊の欲求 ステータスを求めるとか、他人に対して優越感を持ちたいという気持ち。
自分自身を社会に役立つ存在、実行力のある存在だと思いたいので生じるもの
 例えばファッション、クルマ、趣味、外食など
5自己実現の欲求 自分自身の能力を高め、成長し続けようという気持ちである。他人に比べてより高くあろうとかと言うことではない。
 例えば自己啓発、スポーツ、グルメ食品、アートを楽しむなど

 マズローの理論は汎用性が高く消費者行動を考える時に役立つフレームワークである。
しかしすべてに当てはまると考えるのは間違いである。例えば、自分の命や安全を顧みずに他人に尽くす行為は自己実現のニーズに基づくと考えられる。マズローの理論では生理的、安全、所属、自尊の欲求が満たされないとこの自己実現ニーズを持つことはないと位置づけているが、実際には、他人への奉仕を自分の生命の安全以上に重要なものと考えている人はいる。

2.3.2 ホイヤー・マキニスのニーズ分類とマクガイヤのモチベーションリスト
ホイヤーとマキニス(Hoyer and MacInnis 2001)はニーズの構造を、(1)社会的ニーズと非社会的ニーズに分けさらに、(2)直接的なベネフィットを求める機能的ニーズ、他人に顕示する象徴的ニーズ、自己の楽しさを追求する快楽的ニーズに分けてニーズリストを整理している。

表2.1 ホイヤー・マキニス(Hoyer/Maclnnis)のニーズのタイプ(分類)


2.3.3 マクガイアのモチベーションリスト       
マクガイアは心理的な傾向を基にニーズを列挙している。一貫性、原因帰属、分類ニーズ、手がかりニーズ、自立、自己表現、自我防衛、調和・友愛、モデル、新規ニーズ、自己確信ニーズがあり、これらは特にアメリカの消費者に共通するものとしている。

表2.2 マクガイアのモチベーションリスト

 具体的には以下のようなニーズである。
・一貫性のニーズ
 「自分を一貫した人間だと思いたい」というニーズである。自分の意見、態度、行動/自己イメージなどを相互に矛盾の少ないものにしたいと考える。たとえば環境を重視するライフスタイルといわれるLOHAS(Lifestyle of health and sustainability)的な生活をする人は、環境を損なうような企業行為に対して批判的な意見を持ち、そういう企業には否定的な態度を示す。トヨタの「プリウス」やホンダのハイブリッドカーなど環境に優しいクルマを少々割高でも進んで選び、自分自身を「環境のためには犠牲を払う気高い人間だ」というセルフイメージを持っている。 ・原因帰属のニーズ
 人々は自分の身の回りに起きたことについて原因が分からないと不安になり、その理由を明らかにしようとする。特に良くないことについては、「誰が悪かったのか」とその責任を明らかにしようとする。これが原因帰属のニーズである。一般には、その原因を自分に求めるよりも他人の責任にしようとする。たとえば安いDVDレコーダーが家電店の店頭で売られていたので飛びついて買ったところ、BS放送が録画できない機種だったとする。本当ならば良く調べないで買った自分が悪いにも関わらず、責任を他に求めようとする。たとえば「店員の説明が不十分だった」と店員の責任にする、「店頭のPOPにだまされた」と店の販売方法の責任にする、あるいは「こんな低機能の商品を製造して売っているメーカが非常識なのだ」とメーカの責任にするなどである。
・分類するニーズ
 人々は、自分の持っている情報や自分の体験を分類し整理したいという欲求を持っている。なるべく頭の中にきちんとした分類基準を作り、いろいろなことを整理しようとする。分類基準には価格がよく使われる。たとえば400万円未満の車と400万以上の車は別のものだとみなされる。
多くの商品の価格が99円、199円という「8,9数字」がつけられているのは、たとえば、200円とつけると200円台の商品と消費者が分類するのに対して198円とすると100円台の商品と分類するからである。
・手がかりのニーズ
 私たちは物事を理解する時に外から見てすぐ分かるような「手がかり」や「シンボル」を求めがちである。この分かりやすい手がかりを求めるのが「手がかりのニーズ」である。商品への印象や好き嫌いは商品自体の品質よりはパッケージの印象が大きい。高級な和菓子は気品のある伝統的なデザインで包装されていることが多いがこれも手がかりニーズに対応したものである。
・自立のニーズ
 これはとりわけアメリカの文化の特徴といっても良い。独立心と個人主義的であることはとりわけアメリカ人に強いニーズである。一般に日本では他人との違いよりは調和を求めるような文化であるがそれでも若い人を中心に他人とは違うことを強調するニーズがある。個性的な商品を使ったり持っていることは自分の自立心を示すものとして重視される。
手オリジナル商品、限定商品などを持つことはこのニーズを反映している。
・自己表現のニーズ
 自分のアイデンティティを他人に伝えたいというニーズである。人々は自分の行動を通して、他人に自分がどんな人間であるかを示したがっている。ファッションや乗用車は外から見てすぐ分かるし、またその人の価値観を反映しているので「自分のアイデンティティを示しやすい商品」として位置づけられる。
・自我防衛のニーズ
 自分のアイデンティティを守ろうというニーズである。他人から自分の性格などのアイデンティティを攻撃されたときに、人々は防衛的な行動や態度を取る。多くの商品は自分自身を守ることに役立っている。自分のアイデンティティに不安を感じる消費者は、外から見てすぐ分かる有名ブランドに頼り、社会的に望ましいものを身にまとう。
・調和、友愛のニーズ
 調和のニーズは他人と相互に助け合い、よい関係を保ちたいというニーズである。多くの人は他人との調和を守るために個性を主張するよりは同じブランドの商品を買って同類であることを示そうとする。
・モデルニーズ
 他人の行動を基準に自分の行動を決めようという傾向をモデル(模倣)のニーズという。子供が消費者として成長するときはこのニーズに基づいているといえる。自分が同類だと思っている集団(準拠集団)と自分が類似の行動をとるのはこのニーズがあるからである。自分の属するサークルが特定のブランドの服を着ているとすると、自分もその服を買おうとする。
マーケターは消費者をよく観察してどんな準拠集団に属しているか、その集団ではなにが受け入れられているかを理解すると良い。時には自分のブランドにとって望ましいユーザー像を示す。ロレックスは広告の中で成功者をよく登場させ、その人生を語らせることでロレックスの良さをアピールする。
・新奇性ニーズ
 消費者は時には時に「目新しいもの」を求める気持ちがある。このニーズを「バラエティシーキング」(多様性探索)とよんでいる。ブランドを頻繁に変えたり、衝動買いをする理由には「新奇性ニーズ」があるからである。
このニーズによる消費は時と共に変動しやすい。急激な変化に対して消費者は不安になり安定したものを求めるが、安定すると今度は飽きてしまい変化を求めて新しいものを買う。従ってマーケティングプランナーは安心できる定番商品と「冒険を楽しむ」新商品をうまく組み合わせてマーチャンダイジングする必要がある。
・自己確信のニーズ
 消費者が自尊心や他人から尊敬されることに基づくニーズである。自己確信の強い消費者は概して商品に不満があると強く苦情を言う。


 消費者行動においてニーズを知ることはきわめて重要である。その理由は(1)セグメンテーション戦略のベースになる、(2)新しいニーズを発見する、(3)ニーズを満たす新しい商品を作る、(4)コミュニケーション戦略に活かす、という4点からである。
(1)セグメンテーション戦略のベースになる
 マーケティング戦略の主要要素として俗にTCPと云われるターゲット決定、コンセプト、ポジショニングがあげられるが、その中でも自社のブランドが誰を狙うのかというターゲット決定が戦略づくりの起点となる。商品の存在意義は、消費者に価値を提供することであるから、ターゲティングとする消費者が商品に求めている価値、いってみれば商品へのニーズがターゲットを決める際に明らかにすべきことは当然である。人々のニーズは多様であるから、市場を一様に捉えるのではなく、消費者をいくつかに細分化し、自社のブランドに関心を持ちそうな消費者群をターゲットとすべきである。この消費者を細分化することをセグメンテーション(市場細分化)という。このセグメンテーションを行うときに決めてとなるのが消費者のニーズである。
 たとえば「チョコレート菓子」であれば、ちょっとした空腹を満たすニーズ、これはマズローの定義でいう、「生理的欲求」もあれば、仕事などでのストレス発散のニーズ(同じく、「安全の欲求」)、あるいは友達とのおしゃべりを盛り上げる(同じく「親和欲求」)もある。このニーズに基づいてターゲットを定義するようにする。ニーズをベースにしたターゲット設定はセグメンテーションの基本である。
(2)新しいニーズを発見する
 消費者のニーズはマズローやマクガイヤなどのリストで大体カバーできる。自社が新ブランドを出す、あるいは不振のブランドにてこいれする場合には、競合のブランドが対応していないニーズをこれらのリストを使って新たに発見すればよい。チョコレート菓子でいえば自己実現(マズロー)、遊び(ホイヤー・マキニス)、自立(マクガイヤ)などのニーズはこのニーズに対応した新製品やターゲットの可能性があるであろう。またニーズは単一ではなく多重なものであるから、二つ以上のニーズを組み合わせることで新しい商品を開発できる。
(3)ニーズを満たす新しい商品
 新しいニーズが発見できればそのニーズを満たすブランドを開発することはそれほど大変ではないだろう。たとえば「チョコレート菓子」では自己実現のニーズを満たすものは少ない。いつでも健康な気持ちでいることが大切という自己実現ニーズを持った女性に素材からパッケージまで健康なコンセプトのチョコレートを出せば受け入れられるだろう。
(4)コミュニケーション戦略に活かす
 コミュニケーションコンセプトとは、ブランドの良さを消費者にどう伝えるかがコミュニケーション戦略の柱となる。そのためには消費者がブランドにどういうメリットや価値を求めているかを知ることが決め手になる。
「チョコレート菓子」の場合、「おいしさ」を強調した広告が望ましい場合もあれば、「おしゃれなイメージ」をアピールした方が良い場合もあるが、これはターゲットがその商品に何を求めているかに基づいて決めるのは当然のことであろう。
2.4 ニーズの測定
 ではニーズはどのように測定したらよいだろうか。測定を考えるに当たり、「ニーズの自覚」「他人への表出への抵抗感」というニーズの特性をまず考える。
 「ニーズの自覚」とは、自分で自分自身のニーズを自覚しているかどうかである。生理的なニーズについてはほとんど自覚がないままニーズを生じ、ほぼ自動的に行動しているようなことが多い。原稿を書いていたら喉が渇いたので机の上のミネラルウォーターをのんだというようなケースである。また社会的なニーズの場合でも木塚がないことが多い。一人で映画を見に行ったら何となく居心地が悪いと思ったが、終わって気がついたら、他の客はほとんど男女のカップルだった。このように自覚が不十分なニーズもある。自覚の不十分なニーズについては簡単に質問紙調査でニーズを引き出すのは難しい。
 「他人への表出への抵抗感」というのは、ニーズを他人に知られても構わないか、あるいは知られたくないかと云うことである。前者を顕在的なニーズといい、後者を潜在的なニーズという。顕在的なニーズとは、たとえば「お腹がすいているので何か食べたい」というニーズであり、よほどの事でもなければ自由に他人に云える。つまり表出可能なニーズである。一方、潜在的なニーズとは本人が「気づいている」か、あるいは「よく考えれば思い当たる」が「口に出したくない」ニーズである。たとえば就職活動の面接中に仮に空腹に気づいたとしても「空腹です」とはいえないだろう。また女子学生が友人から「何でそんな短いスカートをはいているの」と聞かれて「この方が合コンで男性からもてるでしょう」と答えるよりは、「このスカートがお気に入りだからです」とこたえる方がこたえやすい。前者が潜在ニーズ、後者が顕在ニーズである。潜在ニーズは本人が隠したいと思う本音であるから通常の調査ではなかなか掴むことができない。

図 「ニーズ表出」の抵抗感



ニーズを調査する方法は、ニーズを自覚しているかどうか、顕在的か/潜在的かに違う。

「質問紙法」とは文字通り調査対象者に対して直接ニーズを聞くものである。これには、事前に選択肢を用意しておいてその選択肢から選ばせる方法と自由回答に記述させる方法がある。たとえばチョコレート菓子では、以下のような質問紙になる。
(質問例)
問 あなたはどのようなときにチョコレートを食べたくなりますか。
1お腹がすいたとき 2気分転換したいとき 3ストレス発散したいとき 4友達と話をするとき 5気分を高めたいとき 6何かを仕上げて満足感を味わいたいとき
新しいニーズを発見したいときは、このような選択肢型の質問ではなく、自由回答で測定する方が有効であるが、自由回答を引き出すための工夫が必要である。
本人が自覚していないニーズを自覚させるためにはグループインタビューなど面接法で質問者と回答者が談話をしながら少しずつ思い出してもらうというのが有効な手法である。

表 ニーズの性質と測定法の関連


潜在的なニーズは深層心理に関することであるからこれらを測定するには、通常の面接法や質問紙法ではなかなか把握できないものである。この場合は「投影法」という心理分析の手法を用いる。
 表は比較的よく使われる「投影法」の手法である。投影法は1950年、60年代によく使われていたが、70年代、80年代に大量のサンプル調査が行われるようになってからあまり使われなくなった。しかし投影法は豊かな消費者洞察を得る方法として近年再び使われるようになってきている。
「投影法」とは他人に明らかにしたくない自分の内面を、自分の場合でなく、他人の場合として答える、つまり他人に投影して答えてもらう方法で、回答者の心理的な負担が少ない。たとえば、スポーツカーに乗っている若い男性に「あなたはなぜスポーツカーに乗るのですか」と聞くと、本音では「男性らしい自分をアピールしてもてたい」と思っていてもとてもそんなことは答えられない。ところが、たとえばRVに乗っている人とスポーツカーに乗っている人の対話のシーンを見せて相互に何を言っているかを書いてもらうと気軽に自分の本音を語ってしまうものである。

図 投影法 二人の若い男性が自分の乗っているクルマについて語っています。自由に話している内容を記入して下さい。 














このほかに「言語連想法」とでもいう手法もある。これは連想語を使うものである。たとえば石鹸といわれてもあまり多くの連想が出ないであろう。多くの人は「清潔」で「新鮮」である。しかし「清潔」や「新鮮」からはいろいろな連想が出てくる。たとえば「自由」、「リラックス」、「隠さない」、「自然」、「田舎」、「感覚的」など。このようにして連想の連想をたどることによって心の奥に潜むものを発見するのである。
投影法、言語連想をはじめ深層心理を把握する方法としてモチベーションリサーチには多くの方法がある。

表  モチベーションリサーチの方法論

本章の課題

 携帯電話に対応する新しいニーズを探しなさい。またそのニーズを実現する商品はどんな商品でしょうか、簡単に説明しなさい。
回答例
 新しいニーズ           実現する商品
 ・危険を防ぐ       → アラームのなる携帯(決められた回数振ると緊急発進される)、 
                  緊急時に警察や指定した人に現在の位置を自動的に連絡する携帯
 ・健康を守る       → 食事のカロリーが測定できるセンサーつきで一日のカロリー管理が
                  できる、歩数など体の移動が測定できカロリー消費が計算できる
 ・他人と同調する    → 自分が属する特定のグループ、階層の人が近づくとランプがつく
                   (自分の属性を登録する、たとえば東京の女子学生とか)