はじめに

 消費者行動論とは、「消費者行動のメカニズムを主に心理の側面から探る学問」であり、「消費者の行動を解釈し理解することと共に、行動を推測し、その知見をマーケティング戦略の構築に役立てるための研究分野」である。人間行動の解釈をするのが消費者行動論の第一の価値である。消費者行動論をもとにあらたに消費行動に当てはめて行動を予測すること、その予測に基づいて戦略を作ること、このマーケティング戦略の発見と構築が消費者行動論の第二の価値である。

 本書は、消費者行動の解釈能力を高めること、それに基づいた戦略立案能力を高めることを目的としたビジネス書である。
消費者行動を解釈する能力を高めることは、一見理解しにくい消費者の行動が心理学的な視点から見れば論理的に説明できることを知ることである。解釈力が高まればマーケティング立案のスキルとして最近注目されているコンシューマインサイト力(消費者洞察力)を高めることができる。「消費者はきままに行動するから考えてもよく分からない」で片づけないで、「気まま」に見える行動が何に依拠しているか考え尽くすことにより物事に深く論理的に考える力も養えよう。

 消費者行動論を応用する能力が高まれば、マーケティング戦略の成功確率を上げられる。マーケティングの定石通りの戦略を立てて実施しても大ヒットはしないとよく言われる。定石を破るような戦略が成功することが多いのは事実である。しかし定石を無視したり、不適切な消費者理解が大失敗を生むのは確かである。
さらに、消費者行動論を活用すると戦略の発想の幅を広げられる。売れない商品を目の前にして消費者行動の知識の乏しい戦略担当者は価格を下げるしかないと短絡的に考えがちだが、消費者行動を十分に理解すれば消費者の購買動機を考え直して、新しい商品ベネフィットを商品に付加するとか、特定のサブカルチャーの価値観に対応づけるというように、多様な戦略が発想できる。さらには市場の変化によって生じた予測違いに対しても、消費者行動の視点でその原因究明をすれば効果的な方向修正も可能となる。

 本書の特徴は理論、理論の応用(インプリケーション)、事例を記述している点である。事例については著作権上の問題があり図版を増やすことが出来なかった点が心残りである。

 記述一辺倒で単調になるのをいくらかでも和らげるために挿し絵を挿入した。

 本書の利用法としては、第一章から通読していってもよいし、関心のある章を抜き出して読んでゆくことでも可能である。
また本書のターゲットは、マーケティング戦略に関心があるビジネスマン、および将来ビジネス界で活躍したいと考える学生である。消費者を理解する理論を知り、それを戦略作りに役立てる能力はこれからの知識産業化時代に役にたつ能力である。この分野に関心ある人にぜひ読んでもらいたい。
この著書を出版するいきさつを簡単に説明すると、たまたま電通に在職中の2002年に法政大学経営学部の「消費者行動論」を担当することに始まる。当時は「消費者行動論」を名乗る著作は「消費者理解のための心理学」しかなく、それ以外の知識を得ようと思うと洋書しかなかった。そこで米国の消費者行動論の著作を取り寄せたところ、数版以上版を重ねている代表的な教科書だけでも5種あることがわかり早速取り寄せて読んだ。どれも500ページ以上の大部であるが事例や図版が豊富であり読みやすく、それでいて高度な内容までカバーされているものであった。その際は、これらの洋書を参考に授業を組み立てたが、学生からもう少し勉強をしたいが参考図書は何かないかという質問が相次いだ。それ以来こういう教科書を是非作りたいと思ってきた。このような経緯を経て本書の出版となった。
 この著作に当たっては「消費者行動論」の講義の機会をいただきその後もマーケティング論、ブランド論、消費者行動論で啓発を与えていただいている田中洋教授(中央大学)にとりわけ感謝したい。同氏は、前職は私と同じ電通にいたが若くしてマーケティングディレクター(部長)になり、プレイイングマネージャとしての経験数年で惜しまれながら大学界に転身した畏友である。すでにブランド論、マーケティング論では著作、研究は多く、さらにはコンサルティングで大活躍していることは読者もよく知っていることであろう。
 挿し絵は2007年度の4年ゼミ生の蔵富有季子さんに依頼した。同氏は激戦の就職活動を勝ち抜き名古屋では最大の広告会社、叶V東通信のプランナーとして採用された優秀な女性である。今後の実務での活躍が期待したい。
 最後に、慣れない大学教授としての仕事と著作に追われ一緒に楽しむ機会の少ない生活に我慢し支えてくれた妻、また著作の間、私の肩で励ましてくれた愛鳥に感謝したい。