就活エッセー 
       
「就活エリートの迷走」豊田義博(ちくま新書)を読む 
                  2011.2.15
■就活エリートの増加
 この本は今の就職活動、企業の採用活動の混迷をどのように解決すべきか、リクルートの就職誌編集長などを経験した著者が書いた本である。
ごくごく簡単に要約すると
「就活エリート」とは有名大学出身で面接が上手で対人能力が高く、特にコミュニケーション能力が高い。SPIや教養試験の成績も良く、エントリーシートも的確に書けるような一部の学生である。彼らはこの厳しい就職戦線でも内定を数社以上もらう。
 有名大学であれば先輩、友人を通じてよりよい情報やノウハウが入手できるし、元々が切磋琢磨する環境である。さらには「試験慣れ」しているので試験に強い。
・「就職エリート」層は、入社すると事前の期待と現実の仕事の違いにとまどい、仕事へのモチベーションを失い、退社することも多く、企業では問題になっている。
・なぜ「就活エリート」が企業に入ると挫折するのか。その背景には、就活で最も重視されている「自己分析」「志望動機」「自己PR」の三者にあるというのが著者の分析である。

■就活を通してアイデンティティを確固にする
 この本では「就活エリート」の問題としているが、私はこの現象は「就活エリート」に限らず就活に対して熱心に準備した学生にも共通すると思っている。どの企業もエントリーでは本人の能力(自己PR)をこの企業にどう活かすか(志望動機)をしつこく聞く。能力については過去の実績があるか(自己分析)、志望動機については自社への理解(企業研究・業界研究)を問い質す。従来企業は「キャリア」という考えは希薄であって、ポテンシャルのありそうな「真っ白な」学生を採用して、現場で鍛え上げる、その結果キャリアが生まれてくると考えていた。もちろん学生も一生を通じてどういうキャリアが自分に向いているかなどおおざっぱに把握していただけである。学生も本音は「一流企業だから入っていろいろな仕事をしたい」というだけであった。
 しかしいまの時代、こんな甘い考えでは面接に通らない。自分の強み・弱み、それを裏付ける事実(エピソード)を把握し、いっぽう企業の求める能力や仕事を分析し、両者がマッチするような「志望動機」を書かなければならない。従って大学3年、いや早い学生は2年生から自己分析を徹底し、自分の能力を見極め、「仕事観」を確立してしまう。つまりは「職業的なアイデンティティ」を作り上げてしまうのである。企業に入ったらその職業的なアイデンティティで会社に立ち向かうのである。企業側は実はそういうしっかりしたアイデンティティを持った社員を期待していない。あくまでも「真っ白な学生」が欲しいのである。企業の戸惑いは明確な目的意識を持った学生を迎えたことである。
■企業の対応
 著者はその解決策として、企業側に選考方法の見直し(過剰な面接重視をやめ、大学での成績などを参考にするなど)、特にエントリーシート廃止論であり、とりわけ「あなたのやりたいことは何ですか」と聞くのは学生に「やりたいことをやらせる」と約束するようなものだからやめた方がよいと主張する。現実は、会社に入ったら、本人の能力、適性を判断して企業が職務を与えるわけだから、こういうエントリーシートは百害あって一利なしとしている。
そして「就職」よりも「就社」という概念を学生に持ってもらうようにするということである。
 著者の考えは納得できるものである。ただリクルートなり就活サイト運営会社がこういうエントリー至上主義、面接重視主義を作ったと思えるので、企業に責任があるという言い方には少し違和感がある。
■二極分化する学生
 この書物の中で少し触れているが、もう一つの論点、「二極分化」が進んでいるについても論じたい。つまり就活エリートとそうでない学生にギャップがますます生じているということである。なぜこうなったかだが、従来は東大、早慶などの有力大学の学生はさほど準備しなくても学歴とごく普通の準備でそこそこ自分の入りたい企業に入れるので、就活準備にさほど力を入れなかった。それがここ3年の求人減、競争倍率の高騰で本格的な就職活動準備をするようになったのである。当然、彼らは大学入試で勝ち進んできているので、この手の試験には強い。元々の「地頭」は良いのである。一方、企業の方は企業の方で採用数が少なくなり厳選採用をするようになった。当然人剤に対する要求水準が高くなった。この水準の高さに対応できるのは一部の就活エリートに限られてしまう。
 この二極分化は「内定をいくつももらった学生がいる」とか「30社受けても内定が出ない」といった学生達の声にあるように、企業にとっても学生にとっても不幸なことである。企業は就職エリート達に内定を乱発する。彼らは内定辞退をするからである。内定を辞退された企業は、希望する学生が取れず、補欠にしたことに不満が残る。一方20−30社を落ちることで「ダメな烙印」を押されたような気持ちになる。就活エリートは希望の会社に入れるが、前に述べたとおり、自分の希望と実際の仕事とのギャップに悩む。
 いまはそういう不幸の悪循環が就活を巡って起きているような気がしてならない。
■では学生はどう立ち向かうべきか
 私は大学では「就職指導」に力を入れてきた。ゼミ生には、出来れば総合職を目指して欲しいと思い、そのための外部講師を呼んで自己分析セミナーをゼミ独自に開いたり、SPIの勉強や模擬面接、エントリーの指導などに力を入れてきた。名古屋の大学で2005年以前にこういう試みをやるゼミはまだ少なかった。その後、大学全体で、あるいは学生が就職塾に行く「就活武装」が当たり前になってきた。ではこのまま就活エリートが力を入れてきているエントリーシート学習や試験対策、面接対策と同じことをやっていて良いのだろうか。就活エリートがその方向を強化しているのなら、そうでない学生は今後どうすべきであろうか。
 そのためには「就活エリート」と徹底した差別化が必要ということである。具体的には「就活エリート」はオールラウンドな能力を発揮する。これに対抗するにはある絞り込んだ側面に自分の強みを集約することである。自己PRにおいては「何でも出来そう」アピールではなく、他人に絶対負けない側面を強くアピールする。協調性が高いので誰にも好かれるとかコミュニケーション能力があるとかだれもがいいそうなことはアピールしない。敢えて自分の弱みを出しても、自分の強みを強烈にアピールするのである。「一事専念」のアピールが出来るといった方がよい。今の時代企業は、八方美人で器用な学生で頭の良さそうな学生を採用していて良いのかという漠然とした不安を持っている。それに対して個性や独自性を強調するのである。もちろん保守的な会社には通用しないが、そういう会社を選ぶことは人生の無駄遣いである。
 別の手として、就活エリートは数社から内定をもらい、最終的に気に入った会社に絞るのである。だから内定を出した会社も本当に来てくれるか不安である。それが人事の不安である。それに対抗するためには「内定をもらえば絶対この会社に入る」ことを強く印象づけることである。
 いずれにしても「就活エリート」が好んで選ぶ会社、一流会社、人気会社を選ばないことである。これからのビジネス構造の変化によって今の人気企業や大手企業はいつまでも続くものではないし、第一、そういう就活エリート層が入る会社は、社内での競争や足の引っ張り合いが多い。出世競争をする中で、学歴主義が跋扈したり、上司の顔色ばかりを窺うヒラメ社員が多い。決して社風は良くない。「就活エリート」が狙うような企業はさらっとかわして、自由闊達で社員教育に熱心な企業を選ぶと良い。



企業の採用の変化と就活での対応
             2011.1.21

 少し独断が入るが、就活について思いつくまま書いてゆきたい。
■従来の採用活動を見直す
 私が考えるに就活は新しい時代に入ったと思う。
 企業は従来、就活サイトに広告(求人)を出し、門戸を開き多くの学生にエントリーしてもらい、提出されたエントリーシート内容、試験、面接やディスカッションで学生を選んでいた。
 しかし最近になって明らかに企業側の考え方は変わったようだ。誰でもエントリーできる方式だと、その対応に費用も時間も取られることを企業はいやがるようになった。ここ数年、人事コンサルを雇いエントリーシートのスクリーニングをしたり、書かれている内容からコンピューターで第一次スクリーニング(たとえば「アルバイト」、「コミュニケーション能力」とか言う言葉が入っているとはじき出してしまう。)などが利用されていることを考えても採用効率を上げようとしていることが分かる。
 大量の応募者に対応するとすると人事以外の若手社員から管理職まで面接にかり出される。この時間コストが馬鹿にならないのである。もちろん人事コンサルへの支払いや、SPIを受けさせれば一人あたり5000円〜6000円企業はリクルートに払わないといけない。1万人の応募者にSPIを受けさせればそれだけで5000万円以上かかる。優秀な人材を獲得するためにはコストがかかるものだが従来のやり方を何とか改善して効率的に良い人を取りたいと思っている。

■効率的で質の高い採用に
 そこで企業はリクルータを使う、エントリーシートのスクリーニングに大学ランクを用いる方向に変化しつつある。これには大学や「就活業界」の就活支援によって学生の就活能力(決して学生の能力ではない)が高まったことがある。就活対策の本は数十冊出ているし、大学でエントリー指導や模擬面接をやらないところはないと言っても過言でない。こうして「よくかけたエントリーシート」「面接映えのする学生」が増えたから、ますます従来型の選考では企業は自分の望む学生を採用できなくなってきている。
 こういう中で学生はどうすべきか。もちろんランクの高い大学の場合は従来通りエントリーシートと面接をしっかりやれば問題はない。問題はそういう大学ではない場合である。

■どういう就活をすべきか〜二つ方策〜
 一つは「背伸びして」有名企業を狙わないことである。多くの企業は一次選考までは比較的緩い選考で「一次通過」を出す。そうすると応募学生は二次以降の準備に相当精力を割くことになる。しかも有名企業は落ちる確率が高いので二次以降で落ちて強いショックを受ける。
 だから就活にはあまり夢を追わないで、先輩や大学就職課などから情報を集めて自分にとって入りやすい会社はどこか、それはあまり名前を知らないが優良な中堅企業かもしれない。そういう企業探しに注力した方が良い。リクナビの掲載料金は最低でも120万円だからある程度認知率があったり企業規模が大きい。競争倍率も高い。大学の求人票や就職先一覧などを入手して手堅く就活をするのがよい。「有名企業は諦めなさい」といっているようで気が引けるが、私の経験では多くの学生が有名企業の就活に精力を消耗していてその後の就活に差し障りが出てくる例をみているのでアドバイスしたくなった。

 もう一つは「資格」である。一般的に就活では「資格」は評価されない。しかし中には評価される資格もある。たとえば「情報処理技術者」である。(最近は資格制度が改定になった)理系学生でも10%程度の合格率であるが、私の知る文系女子学生で夏休み中一生懸命勉強して合格した者がいる。彼女はIT系企業を数社受けたが落ちたのは一社だけであった。企業内で評価されているレベルの高い資格を取ることは有望である。
 もう一つは「資格」ではないが、英語である。これだけ「グローバル化」と言われているにも関わらず、企業人も学生も英語力は弱い。しかもどこの企業も何とか海外対応力を強化したいと考えている。英語力と海外ビジネス力とは実はあまり関係ないのだが、企業人にも誤解があって、英語力のある学生をぜひ取りたいと思っている。TOEICで900点以上の能力をつければかなり有利になる。900点以上を取るのは大変だが、勉強の工夫さえすれば半年間で取ることは可能である。そういう本は世にいっぱい出ている。もちろん中国語でもよい。日本の産業の過半が海外の市場に依拠する時代は必ず到来する。単に就活で成功するためではなく、将来ビジネスで成功しようと思えば英語、あるいは外国語の能力を高めることは必要である。